これまでの「仮面ライダーゼッツ」
ここまでの「仮面ライダーゼッツ」

情報公開当時から、「仮面ライダークウガ」を彷彿とさせるシンプルかつ洗練されたデザイン、

「夢の中に潜入し、悪夢の怪人を倒すエージェント」というコンセプトから、これまでにないチャレンジングな姿勢を感じた。
主題歌に澤野弘之、脚本は「エグゼイド」「ゼロワン」「ギーツ」と、アクロバティックなシナリオ展開に定評のある高橋悠也。

「ゼロワン」が映画で爆発したので大好きです。
基本的に仮面ライダーは全50話構成で、次回で折り返しの26話。
メキメキと実力を上げている主人公役の今井竜太郎君や、脇を固める2号ライダー役の古川雄輝の演技が素晴らしい。


今井君は信じられないくらい肩幅がデカい。ライダーは変身前と後で体格に違和感が出てしまう問題があるが、まるで感じない。表情も前半は素人臭さがあったが、もう全く感じない。それがまた、「エージェントとして成長した」という感覚とリンクするのだから面白い。

古川さんはずっと意味深なポエムを呟く敵キャラクターなのだが、何を言ってるのか分からないのに雰囲気だけで「なんかアリ」になっているのが凄い。悪夢の味噌汁...

「夢」という設定のため、画作りも何でもアリ。特撮としての面白さが存分に光る。
前半は「エージェントの夢をみる青年が、本当にエージェントになってしまった」という展開で、面白さのポイントが明白だった。
しかし
中盤から次々と他のエージェント達が現れ、方向性が一変する。

物語の根幹の謎である「CORD」という組織が何なのか。何故悪夢が存在するのか。何より、主人公である莫自身は何者なのか...
という謎が、ぜーんぜん明かされない。一番事情を知ってそうなノクスは「深い闇だ...」とポエムを呟くばかりなので、最早面白い。次の瞬間「闇ってなんだ!?」と問い詰められてたし。
加えて上司たるゼロはエージェントをどうやら使い捨てている模様だし、知り合いの刑事達も莫を追い詰めるばかりで、仲間が1人もいない。

最終的に他のエージェント達は死亡、莫は自身をエージェントとして追い込み、組織を裏切ったと認定され殺害される...という衝撃展開を迎える。


正直、面白い展開とは言い難い。シリアスなのは構わないが、謎の開示というカタルシスがないため、「なんか意味深だなぁ」という感想しかない。主人公も孤独すぎてヒーロー的な爽快さがない。
だが、
ここまでの全部は莫の「予知夢だった」のだ。
そんなのアリか!?!?!?!?

主人公とは思わないじゃん!!!!
まさかの夢オチ。
病院のベッドで目を覚ます。なんと彼は1話からずっと夢を見ていたのだ。だが、確かにベルトや変身アイテムは現実に現れている。これは一体...。

これはもう脱帽と言うしかない。「仮面ライダーは確実に一年放送される」という構造を逆手に取ったウルトラC。しかも「予知夢」なのだから作品のテーマ性とも齟齬なく合致している。
高橋脚本と言えばではあるが、こういう染み込んだ常識をテーブルごとひっくり返すような作劇。大好物です。
しかも、「予知夢」である事で、これまで微妙な距離感だったキャラクター達が、莫をリーダーとして纏まりそうな雰囲気。莫自身も夢で詰んだ経験により、エージェントとして無敵の活躍を見せる。(というかほぼRTA)

このカタルシスは凄い。25話かけてじっくり与えたストレスが全てひっくり返る感覚。
しかもこの展開は当初から予定されていたというのだから、その度胸たるや。
25話をフリとして捨てようと言うのだ。
しくじれば駄作の烙印を押される事確定。
しかし見事にネットを騒然とさせている。
全てはここから。この勢いをしっかりと後半で爆発させられれば、ライダー屈指の名作になるかもしれない。

Go all the way to the end of the story.
ミッションを遂行せよ。
進む時代、戻らない過去、永遠の今。そして、青色の魔法。「魔法使いの夜」感想
今から昔、幼稚園の頃。祖母の家は池袋にある、とあるマンションの最上階だった。
祖母はお世辞にもインテリアのセンスが良いとは言えず、カーペットは紫色、壁には象の牙やら何やらが飾ってあり、幼心に「魔女の家みたいだ」と感じたことを覚えている。
窓に映る景色は、街の裏側。ビルの背中は綺麗とは言えず、汚い黒模様に彩られていた。
汚い街の中に聳え立つ、魔女の塔。それが当時の印象だった。
そんな祖母の家に泊まる際、自分には一つの楽しみがあった。
それは早起きして、おはスタを見る事。今としては笑ってしまうくらい細やかな楽しみ。
当時、実家のテレビは父の所有物であり、リモコンに触る事は許されなかった。だが、祖母の家であれば、そんなルールは無い。前日の夜からワクワクして眠りにつく。
夜明け直前に起き、誰もいないリビングにこっそり出る。冷えた朝の空気に震え、リモコンを取ろうと椅子によじ登った。
その瞬間、思いもよらぬ景色を見た。
燦々と差し込み、部屋全体をオレンジに染め上げる朝日と、その輝きを正面から受け止める、乱立するビルの群れ。
その時見た池袋の裏側は、あれ程汚く見えた昨日が、嘘のように輝いていた。
自然と人工の狭間で生み出された、確かな美しさがそこにあった。
多分、それが最初の記憶。「美しさ」という感覚を初めて心に刻んだ、冬の朝の話。
いま語ったのは、自分の過去の想い出だ。なぜ急に自分語りを?と思うかもしれないが、これから話す内容と無関係ではない。
自分が「魔法使いの夜」から感じた気持ちは、まさにこの時と同じ気持ち。
美しい物を見た、としか言いようのない感動だったからである。
「魔法使いの夜」(PlayStation®4・Nintendo Switch™・Steam®) (typemoon.com)
魔法使いの夜は、fateシリーズ等で有名なTYPE-MOON(もとい、作者である奈須きのこ)が仲間内で最初に執筆した物語である。
そのテーマは、「消費文明と魔法、洋館と共同生活」。
舞台は1980年代後半。森の奥の洋館で暮らす、二人の魔女。そこに紛れ込んだ、山から降りてきた、一人の少年。
細部までこだわられたビジュアル、サウンド。何より氏の紡ぐ、圧倒的な文章体験。
まずは各キャラクターに焦点を当て、自分なりにその魅力を解体してみようと思う。
①蒼崎青子

本作の主人公にしてヒロイン、青子。全てのTYPEMOONヒロインの原型となった彼女の性格は、「無敵のヒーロー」。
他人に厳しく、それよりも自分に厳しく、何より全てを諦めない。
目の前に苦しむ人がいればまず𠮟責し、それを見過ごした自分に怒り、最終的に全てを救ってしまう。そんな少女だ。
そんな彼女は、普通の高校生ではない。
彼女の正体は、世界で5人しかいない「魔法使い」。
奈須きのこの伝奇において、魔術と魔法は明確に区別される。曰く、一見奇蹟に見えても、科学で代用できる現象は「魔術」。一方で「魔法」とは、現代文明では決して到達できない、本物の奇跡を言うのだと。
第一魔法「無の否定」(?)
初めの一つは全てを変えた。
第二魔法「並行世界の運営」
続く二つは多くを認めた。
第三魔法「魂の物質化」
受けて三つは未来を示した。
第四魔法「無の証明」(?)
繋ぐ四つは姿を隠した。
第五魔法「青」
そして終わりの五つ目は、とっくに意義を失っていた。
(?)がつくものは未だ答えが明示されていないため、自分の推測を含んでいる。
青子はこの5つの魔法の内、最新である「青」の使い手なのである。
青の正体もまた明言されていないが、何をテーマとするかはわかっている。
「進む時代」である。
かつて、夜は人間の行動を許さない、深い闇であった。しかし文明の進歩は、闇を電気という光で照らし、見上げるだけであった空を路とし、ついに宇宙にまで飛び出した。
しかし、同時にこうも問われるだろう。「なんのために?」と。
青子ならば、こう答える。「意味なんてないわ。行けるところまで行くだけよ。だってそれが、人類に課せられた使命なんだから」と。
一見凄いこの青子だが、実は魔法使いになったのはほんの二年前。中学生まで一般人として過ごしてきたのに、ある日突然祖父から「姉が使い物にならなくなったのでお前が継げ」と命じられたのである。彼女はそれを、「やってやる」と受け入れた。
それが、今までの自分を捨てることを意味すると分かっていながら、だ。
青子は、何も諦めない。それは人類が自然を切り開き、文明を広げたのと同じ原理。できること、やれることは何でも試してみよう。その先に何が待つかは、とりあえず後でいい。たどり着いてから、そこに意味を与えればいいのだ。そんな彼女の在り方は、作中を通して、まるで星のように光り輝いている。
②久遠寺有栖
本作の二人目のヒロイン、久遠寺有栖。彼女のテーマは、「永遠の今」。
青子が文明社会バンザイなのに対して、有栖は童話の魔女のよう。
森の奥に潜む洋館に隠れ住み、外界との接触を嫌う。ある意味、最もテンプレートな魔女のイメージと言えるだろう。
余談だが、有栖のBGMは一回聞くだけで虜になる程素晴らしいので、是非聞いてほしい。
変化し、進み続ける青子に対して、有栖は変わらない。その正体は、「第一魔法の使い手」の子孫。魔女と人間のハーフである彼女は、年を取ることがなく、死することもない。ずっと「今」という時間に縛られた少女。それが有栖なのだ。
本作の舞台となる洋館は有栖の所有物であり、青子は魔術師見習いとして、有栖に師事しながら同居している形である。
実は、彼女について語ることは少ない。目まぐるしく変化する他の2人に対して、有栖は変化しない。人間関係の変化はあれど、根底にある価値観、思想は全くゆるぎないのである。だが、彼女の存在があることで、作品の雰囲気がビシッと定まる。
過去も未来も変化するのであれば、それを冷静に眺められるのは「今」だけだ。そう言った意味であれば、最も読者に近い立ち位置にいるキャラクター、ということもできるかもしれない。
③静木草十郎

最後にして最も異質な主人公、草十郎。彼のテーマは「戻らない過去」。
物語の開始と共に、青子の高校に転校してきた少年。なんと彼は、現代にあるまじきことに、今までずっと山奥で生活しており、文明社会に一切触れたことがないという。
どのくらいかというと、学校の入り口という感覚がなく、2階の窓から出入りするレベルである。
だが、素朴で実直な彼は、現代社会のあれこれを「そういうものか」と受け入れてしまう。周囲に溶け込むのも早く、天然でありながら広く人に好かれる、不思議な性格。
そんな彼はある日、青子が魔術師として敵と戦う姿を目撃してしまう。「神秘は隠匿せよ」という魔術師の大前提に則り、危うく殺されかけるのだが、青子に借りを作ったことで見逃され、いずれ記憶を消すという条件付きで、有栖の洋館に軟禁される事となるのであった。
草十郎にとっては、現代社会の全ては、魔法とそう変わらない。街の明かりも、ストーブのぬくもりも、彼にとってはすべて神秘だ。だから、青子たちの魔術も、全く意に介さない。「都会はそういうのもあるのか」と受け入れてしまう。それがまた青子を悩ませ、有栖を静かに怒らせるのだが…
一方で彼は、どこまでも山に望郷を抱き続けもしている。
山は過酷だ。そこには人のために敷かれたルールなんてものはなく、食事をとるのも命がけ。でも、星は明るく、手が届くほどに近く瞬き、日差しはどこまでも暖かい。それはそれで、とても満ち足りていたはずだ。都会を知るまでは…
彼は最も本作のテーマを体現するキャラクターである。読者にとって当たり前である「文明」の矛盾を指摘し、突きつけてくる。
「だって、移動手段も食べ物も無限にあるのに、お金がないからってだけで使えないんだろう?それって、不便って言わないか?」
どこまでも純粋な彼だが、その過去には大いなる秘密が隠されている。その秘密は、本編をやってからのお楽しみ、ということで。
さて、ここまででお気付きだろう。「魔法使いの夜」という物語は、「過去」「現在」「未来」というテーマを背負った少年少女の共同生活を通じて、現代社会の矛盾と美しさをあぶりだす物語なのである。
そして、ビジュアルノベルという媒体に持てる要素をふんだんに使って、そのテーマ性をありありと伝えてくるのである。
④グラフィック
まずはこちらの画像をご覧いただきたい。
これは、同社のスマホゲーム「fate/grandorder」のゲーム画面だ。
背景があり、キャラクターがいて、文字のウインドウがある…いわゆる、スタンダードなノベルゲーの画面構成である。
では続いて、「魔法使いの夜」のゲームシーンをご覧いただこう。
どうだろうか。まるで異なっているのがわかるだろう。素材は目まぐるしく動き回り、向きや角度を変えることで臨場感を演出する。
本作が、「ビジュアルノベルの最高峰」と呼ばれる所以がここにある。
「絵が動くんなら、アニメでいいじゃん」と思ったそこの貴方。大間違いである。
闇を照らすだけなら、懐中電灯で事足りる。だが、キャンドルやランタンの光は、それより弱弱しいながら、独特の温かみを我々に与えてくれる。
本作の作りはそれに似ている。文字を追っていたはずが、いつのまにか世界観に呑み込まれ、自分がそこにいるかのように錯覚する。本作の大きな魅力の一つである。
⑤サウンド
次はサウンドだ。先ほども有栖のBGMを紹介したが、本作はBGMも素晴らしい。どれくらい素晴らしいかと言うと、後半はBGMだけで泣けるレベル。
いくつかピックアップするので、是非聞いてみてほしい。「Five」とかすごいぞ。流れただけで確実に勝てるレベル。
BGMもさることながら、本作はps4版の発売に合わせ、フルボイスにアップデートされた。またその演技が素晴らしいのだ。各キャラクター、「これしかない」というど真ん中ぴったしの声優を当てている。個人的にはルウ・ベオウルフがとても気に入った。無邪気さと残酷さが両立したあの声色、とてもマネできるものではない。
先ほどのビジュアルとサウンドの相乗効果で、本作の没入感はより深いものとなっているのである。
⑥ まとめ
さて、総括に入ろう。ここまでで本作の魅力の一端でも伝わっていれば幸いである。
自分は奈須きのこ氏の大ファンであり、様々な作品を通ってきている。だから、今回はある程度文章を予測できるのではないか。そう思っていた。
結論から言うと、全くの見当違いであった。
本作の後半、紡がれる言葉の一つ一つが予想をはるかに上回り、「これは敵わない」と舌を巻いた。それほどに揺さぶられた。そしてその行間に、言葉にできない美しさが詰まっていることに気が付いたのだ。
本当に美しいモノは、言葉にできない。冒頭、自分の幼少期の思い出を語ったが、その光景が焼き付いているのは自分だけだ。どれ程言葉を尽くしても、本当の意味で共有はできない。
しかし、作中のクライマックスで、青子は草十郎の原風景を垣間見る。それは、魔法だからできた奇蹟に他ならない。
奇跡が魔法であるならば、自分はTYPEMOONによって魔法にかけられていたに等しい。だって、自分自身も説明できなかった過去の原風景に、漸く名前を付けることができたのだから。
「後悔はね。するものじゃなく、無くしていくものなのよ、草十郎。」
人生には限りがある。終わりには冷たい死が待っている。それはこの世界そのものも例外ではない。いつか宇宙は熱を失い、人類という種も終わりを迎えるだろう。
ならばせめて、過去を誇れるように。終わりを迎えるその時、素晴らしいものだったと笑えるように。
心に残る美しさを、寄る辺にしながら進んでいく。青信号はいつだって、「進め」のサインなのだから。
今、キミに伝えたい全霊。常闇トワ1st LIVE 「Brake your xxx」現地レポート

前回のブログから随分と間が開いてしまった。書きたいことは色々あるのだが、、中々筆を執ることが出来なかった。
何故か?理由は簡単だ。自分の中で、ブログは「一定のエモみ」がないと書けないからである。
自分の中で「エモみメーター」のようなものがあって、それが一定のラインを超えなければブログは書けないのだ。
そんな自分が今、筆を執っているということは..?
超えたってコト!?『エモみ』!!!

そう、超えたのだ。俺を襲ったエモみの極み。今からその一部始終を語ってきかせよう。
来る10月13日。立川ステージガーデンにて、とあるvtuberの1stライブが行われた。
そのvtuberは「常闇トワ」。
常闇トワ | 所属タレント一覧 | hololive(ホロライブ)公式サイト (hololivepro.com)
以前よりホロライブ箱推し勢である自分にとって、トワ様のライブとは、「絶対当たる宝くじ」であった。
常日頃よりダークでロックな曲と、美しい低音ボイスを活かしたバラードをメインに歌うトワ様の1stライブ。盛り上がらない訳がない。1stライブゆえの不安など一ミリもなかった。絶対最高のライブになる。
最近ホロライブに興味を持ち始めた友人を巻き込み、チケットを確保。ライブ当日は有休を取り、物販にも並ぶつもりでいた。
当日の13時。(ライブは19時スタート)物販に訪れた自分が目にしたのは、圧倒的長蛇の列。
流石天下のホロライブ、ファンの熱量が違う。自分は2時間並んだが、あっという間にグッズは完売。なんと一つも買えなかった。ペンライト,,,!欲しかった…ッ!!
今度ホロライブ共通ペンライトを通販で買うと心に決めた。
今回の会場はなんと自分の家から自転車で15分という最高の位置にあり、一旦家に引っ込んで休憩。楽曲を再履修しながらその時を待った。
そして夕方。自転車に乗る。空気は冷え、秋の美しい夕暮れが印象的だった。Twitterのタイムラインを追うと、「ついにトワイライトの時間になった」というつぶやきが目に入った。
それは今回のアルバムに収録されている楽曲の名前であり、トワ様的に外せないワードでもある。
友人と合流し、会場に入る。この場にいる全員が、トワ様のライブを心待ちにしている。この高揚感。たまらねえ。これが、ライブなんだっ...!
自分は今年、すいちゃんの2ndライブにも現地参戦している。(過去のブログ参照)
その時に負けない熱気。あてがわれた席は...

オイ最高かよ。
3階席センター2列目ど真ん中。神。控えめに言って神。
待ち続けること15分。BGMが変わる。自然と会場が手拍子を始める。高まるリズム。この曲は...?
ほら 悲鳴を

「...聞かせて?」

1.「FACT」

一曲目はやはりコレ。トワ様の代表曲「FACT」だ。キレッキレの低音ロック。初手に持ってくるには最高の一曲と言えるだろう。一瞬で会場を呑み込んだ。一方で気になることも少し。
...めっちゃ緊張してない?
そう。声がやや不安定というか、上半身で歌っているような印象。それもそのはず。トワ様は先週位から毎日のようにTwitterで「緊張する」という趣旨のtweetをしていた。
しかし、1stライブとはそうでなくてはならない。不安定さ、トラブルもすべてはご愛嬌。だからこそ生まれる一体感があるのだ。
そのままトークパートへ。

「めっちゃ緊張する~!」
だよね!!
客席にもバッチリ伝わっております。途中、後ろを振り返るトワ様。水を飲んでいるようだ。誰かが叫ぶ。
名無しの眷属「水おいしい〜???」
トワ様「は?キモすぎ~!!(満面の笑み)」
実にトワ様らしいプロレス。それで少し緊張も解れたのか、軽快にトークが進む。その勢いのまま
2.「AKUMA」

1stミニアルバムより、「AKUMA」。この楽曲、MVこそないものの軽快かつロックな名曲である。もう声の上ずりも落ち着いてきている。「デビデビ!」と会場の合いの手が入る。一体感も上々。個人的には「悪魔的伝令はい唱えて 常闇がないなら渦を巻く」のテンポ感が大好きである。君は完全無欠のヴァイオレット。続く3曲目は
3.「ライメイ」
来ました、「ライメイ」。最近のトワ様の楽曲の中ではトップレベルのヒットナンバー。ギターのイントロ一発でわかるインパクト。そしてここで

衣装替えだ。ホロライブのライブでは都度新衣装が与えられるが、今回の衣装はまるで異国の王子のよう。楽曲の雰囲気にまけない格好良さだ。
そしてここでずっと感じていたことが確信に変わる。

ライティング、やべえ。
明らかにライティングがやべえ。ライメイの名の通り、稲光のようにガンガン光る、動く、変わる。
かつて嵐、king gnu、星街すいせいと見てきた自分にはわかる。これはヤバい。めっちゃ気合い入ってる。
これは現地組で良かったと言わざるを得ないポイント。え?現地自慢やめろって?
配信を気に病むことはない。ただ、認めて次回応募すればいい...それがホロリスの特権だ。

「自分ファーストで手懐けて ぬくい鳥かごで飼殺して あざといくらいの笑顔で」
you know!
you know!!
you know!!!
合いの手が気持ちよすぎる。コレだ。これがあるから今回のライブの成功を確信した。
トワ様のオリジナル楽曲は明らかにライブ映えを意識して製作されており、合いの手が多い。会場は大盛り上がり。歓声で空気がビリビリと振動していた程である。

トークパートで少しクールダウン。定番の「女の子~?」「男の子~?」のコール&レスポンス。「ムサすぎ~!!」 いいぞ。エンジンが温まってきたな、トワ様。
今回のライブタイトルは Brake your xxx。 自分やファンの皆が、自分を縛る何かを壊せるように。そんな思いが込められている。メンバー紹介を挟みつつ、ライブは進んでいく。
4.「born to be real」
5.「ダイダナワンダー」
6.「Present Day」
休みなし、怒涛の3連打。ライティングがギラギラ光る。楽器の音が腹に響く。
それぞれのナンバーはアップテンポで統一されているが微妙に表情の異なる3曲。
born to be real は激しく、ダイダナワンダーはやや暗く、Present Dayはビターに、どこか切なく感情をかき立てる。
一つとして簡単な曲はない。変調し、裏返る。トワ様だからこそ歌い上げられる。持ち前の歌唱力を存分に発揮し、客を魅了した。
ここで休憩を兼ねた演出タイム。一定間隔で鐘が響く。雨音が聞こえる。これは…
7.「Whose thorns?」
一旦テンポ落とし、ダークでスローな一曲を。トワ様の楽曲はガッツリロック系と、ビターなスロー系に分かれている。こちらは後者。舞い散る花を連想させるようだ。一人の人間がこれほど表現の幅を持っていることに驚愕する。
8.「ミッドナイト・ランナウェイ」
雰囲気かえてアップテンポ。夜の高速道路で聞きたくなるような一曲、ミッドナイト・ランナウェイ。自分のイチオシ楽曲だ。トワ様の歌声の良さがバッチリ発揮されている。「僕らはもっと自由なはず」。
トワ様はホロライブとしてはやや異端な部分が一つある。外部の男性V・女性V問わず、FPS系のゲームでガンガンコラボして、大会に出場するのだ。ホロメンで大会に出る人は少ない。男性Vと絡む人はもっと少ない。
アイドルとして売り出している以上、異性と絡むとやや角が立つのはアイドル業界のあるあるだ。しかもFPS系のゲームは、そこから恋愛に発展する人が多いのもあり、やや燃えやすい要素を含んでいる。
しかし、冒頭でトワ様は言った。
「アイドルならこうあるべき、vならこうあるべき、みたいなものを壊したい」
そうだ。もっと自由に、果敢に挑戦していけばいい。そんなトワ様の信念を随所に感じた。
9.「Purple Disease」
これまた自分のイチオシ楽曲、Purple Disease。一気にセクシーな曲調に変化。サビの盛り上がり、トワ様の裏返る歌声は最高。ラップパートも華麗に歌い上げる。これは悪いことは言わない、上の動画を再生するんだ。vtuberのイメージを破壊してくれるだろう。
10.「Cry Out」
ダークラッシュ。トワ様の勢いが止まらない。ただただ浸れる時間が続く。陶酔、という言葉が相応しい。自分も周囲もただ聞き入るのみ。
11.「マイロア」
そしてついに来た、「マイロア」だ。前日の配信でチラッとやるよ的な事を言っていた。これは再生してもらいたい。10秒でわかる、「絶対ライブ映え」な一曲。

会場が叫ぶ。トワ様もそれを煽る。まさに咆哮。
自分はこれが流れるのをずっと楽しみにしていただけに、ここは超!アガった。
「ここまでおいで」
今までを上回る、圧倒的一体感。これこそライブの醍醐味だろう。アーティストと会場が一体となって波を生んでいく。そして...
12.「ANEMONE」
畳み掛ける、「ANEMONE」。ここでライブは一つのピークを迎える。響くトワ様のロングトーン。
悲しい声に、コトバに、追いやられて
俯いたまま散りゆく アネモネ

ダークすぎる世界観。嵐でいうなら「truth」。king gnuなら「player X」。トワ様の歌声との親和性は完璧の一言。
最早言葉は不要。呑み込まれた。
13.「二人三脚 feat.猫汰つな」
既にピークを迎えたかに思われたが、ここでゲスト登場。アルバム収録曲の中で唯一のコラボ曲、「二人三脚」。

今までのロックでダークな曲と異なり、しっとりと友情を歌い上げるバラード。
トワ様は、一緒に大会に挑戦したり、コラボする相手の事を「お友達」と呼び、とても大切にしている。それは後述のある曲にも表れているのだが、この曲は猫汰つなとの友情にフォーカスした一曲となっている。

ライブには、その人が歩んだ軌跡、活動の歴史が現れる。トークパートで思わず涙ぐむような瞬間も見せていた。この曲を境に、ライブの雰囲気が一変する。
※後日談のトワ様曰く、最前列で号泣する女子3人衆がいたそうで、それを見てなんだか泣けてきてしまった、とのこと。生だから生まれる変化、まさにライブ。
14.「Antares」
先程述べたお友達との友情を歌い上げるこの一曲。PVのエモさがヤバすぎる。見ると泣く。
「でも、まだ完成していません!みんなと一緒に歌って完成します!」
会場のコーラス。
星を線でつなぐように あの日々にも意味があると思うけど
君はどうかな 私忘れらんないよ
感情が高まるトワ様。半分泣いているのが分かる。正直こっちも泣きかけだ。でもその権利は自分にはないだろう。泣いていいのは、その旅路を歩んできた本人だけのはずだ。そう思って耐えた。
思いは 巡る銀河のよう 君にも 届くようにって
夜空の彼方で願ってる 願ってる
トークパートを挟み、感情を落ち着ける。エモいなあ。既にエモい。この後どうなっちまうんだろうか。既に自分の中では満点だ。この場所に来れてよかった。
「いよいよラストが近づいてきました!ペンライトを白にしてください!」
…し、白!?
ざわつく会場。それもそのはず。今回のペンライト、白がない。
自分は持っていなかったが、周りの焦りが見て取れた。ホロライブ共通ペンライトには白があったようで、他の人は水色で代用する。この流れが言葉を介さず行われていたことも、また良かった。この一体感。俺たちの推しに恥はかかせねえ。
※後日談曰く、トワ様からは白に見えていたらしい。「大丈夫!トワには白に見えたよ!」う~ん、その解答、100点満点。
15.「Twilight」

そして始まるトワイライト。遠く、遠く響くようなメロディーを穏やかに歌い上げる。
その姿に、美しい夕暮れを幻視する。
抱えていたモノ 何度も失って
この日々が 夢であるなら
まだ心は 目を閉じたまま
やがて消えて 崩れていく
聞き入るしかない。
16.「サンビタリア」
最後のトークパート。活動が続けられるのは皆のおかげであると、照れながらも感謝を述べるトワ様。「自由に活動していく自分を、皆も自由に応援してほしい」。自分を落ち着かせるためでもあるのだろう。茶化しもまじえる。
しかし、わかる。それが泣きそうな自分を抑えるための誤魔化しであることは。
恐らく会場の全員が、笑いつつも目には涙を浮かべていたに違いない。
「…私はずっと、自分の声に自信になかったんです」
その事を知っている。自分がトワ様を知り、検索をかけた時、サジェストには「おばさん」という心無い文字が並んでいた。それが彼女の声を揶揄したモノであろう事もすぐに分かった。
ファンが気になるのだ。本人が気にならない筈はない。
「でも、皆に見つけてもらえて」
「この声が、好きだと言ってくれる人たちに出会えて」
「だからこれは、皆さんへの、感謝の曲です」

そしてラストの一曲、「サンビタリア」。
しかし、涙がつかえて歌えない。この曲は全霊のアンサーソングだから、どうしても。
「…ごめんなさい」
泣いてしまうトワ様。会場が代わりにサビを歌う。
一つずっと、勘違いしていたことがあった。
トワ様は常に自分らしく進んでいく。ゆえに、ついてこれる人はついてこい!というスタンスで、今回のライブもファンへの感謝というより、新たなステージを見せてやる!という方向性が強いのではないかと。
それは間違いだった。この人は本当に不器用で、感謝を述べるときも茶化してしまって、だから歌にありったけの感謝を込めたのだ。
「…私を見て」
エモい、という言葉でまとめるのも無粋だ。ラストのサビ、泣きそうな気持ちを抑えてなんとか歌い上げる。今、キミに伝えたい全霊がそこにある。
曲の終わりと共に上がる歓声は叫び。会場、配信を見ている全ての人を巻き込んで、ライブが幕を下ろす。
…アンコール!
…アンコール!!
…アンコール!!!
まだ、会場の明かりは戻らない。それはアンコールを叫べるということ。
1分。2分。まだライトはつかない。わかっている。皆わかっている。裏でトワ様が泣き崩れているだろうなんてことは。
なら、10分でも20分でも構わない。君が戻ってくるまで、ずっと手を叩き、アンコールを叫び続けよう。会場が一つになる。

17.「Palette」
夢のキャンバスに 居続ける意味は
この胸に 輝いている ストーリー
アンコール、「palette」。初期のバラードにして、最も美しい一曲。もう涙はない。
強くなくても 壊れかけでもいい
この心はトワに羽ばたいて
響くように 塗り替えていく 「palette」

この時間が永遠に続けばいいのにと、誰もが思った。
18.「魁」
正真正銘、最後のトークパート。再びトワ様の笑顔が戻ってきた。
「さっき泣いちゃったのは。いろんな人たちの努力や思いがあって、ついにラストに来ちゃったなって。それを見てくれる皆がいて、なんか、感動しちゃったんだよね…」
「マジで、皆に会えて良かった!!!」
ついに、茶化しゼロで放たれた、最大限の感謝の言葉。これは撃ち抜かれた。多分全員がそうだった。ライブ全体を通した、究極のツンデレをかまされた気分だった。うおおお。君は最強で無敵のアイドル。
そしてラスト、魁。トワ様唯一の和ロック。

泣きそうなときは 泣いてしまえ それが未来開花 魁となる

最後は笑顔で。最高のライブの幕が下りる。
以上、常闇トワ1st LIVE 「Brake your xxx」現地レポートでした。お楽しみ頂けたでしょうか。
終了後、すいちゃんがTwitterでこんなことを言っていた。
https://x.com/suisei_hosimati/status/1712792102290239864?s=46&t=ZNKrMwX4qTU2kB7o0xw6lg
まさにその通り。「生きているライブ」。練習通りを発揮することも素晴らしいが、生ならではのハプニングと感動、勢いが詰まった最高のライブだった。
トワ様は後日談にて早速2ndライブへの希望を語っていた。最高だ。次も是非目撃したい。
今回のライブは11月中盤までの限定で配信チケット販売中。興味があるけど~な、人。見ろ。この感動を味わってほしい。

まだまだ続くトワ様の自由な旅路から、これからも目が離せない。

宇宙最強エンタメの衝撃。「RRR」感想
ナートゥをご存知か?

ご存知でない?なら何も言わずこれを見よ。


これが「ナートゥ」だ。
シュールの極み。正直初見は笑わずにいられないだろう。「出た出た、インド映画ってこんな感じだよね〜」

この超絶シュールなダンス。これは劇場で見たら涙が出るレベルの激アツシーンである。
なんでそんな事になるのか?テキトー言ってんじゃ無いのか?
RRR、遅ればせながら視聴した感想を語る。
(喰らったところで1%もつまらなくはならないが)ネタバレ注意!

このRRRは昨年10月に日本で公開され、ナートゥ旋風を映画ファンの間に巻き起こした。
勿論俺も見たかった。ずっと見たかったのだが...結局5月末までかかってしまった。
それは何故か?
上映時間、3時間。

仮に1日の行動時間を15時間と見積もった場合、5分の1がRRRで潰れる事になる。というかそもそも3時間確保する事が結構難しい。
大体3時間も椅子に座ってて大丈夫か?途中でつまらなくなったりしないのか?
全くの杞憂。コレを見よ。





ね、面白いでしょう???
3時間ずーっとこんな感じである。アクション!友情!アクション!!友情!
例えるなら究極版「走れメロス」。ストーリーのあらすじはこうだ。
舞台は1920年、英国植民地時代のインド。 英国軍にさらわれた幼い少女を救うため、立ち上がるビーム。 大義のため英国政府の警察となるラーマ。 熱い思いを胸に秘めた男たちが運命に導かれて出会い、唯一無二の親友となる。

この男がラーマ。ラーマとはインド神話における主人公級の神様の名前でもある。
彼はインド人でありながら英国軍に所属し、昇進のため指名手配の男を追う。彼の登場シーンのサブタイトルは「炎」。(マジで10秒くらい使ってじっくりとサブタイトルが表示される)

この男はビーム。部族の娘が英国人に誘拐された為、救出するために仲間と共に首都に潜入。しかし、抵抗を許さない英国により追われる身となる。登場シーンのサブタイトルは「水」。
勘のいい人は気付いただろう。ラーマにとって捕らえる対象がビームであり、ビームが娘を取り戻すためにはラーマと戦わねばならない。
にもかかわらず、2人の間には固い友情が(目があったので)結ばれる事になる。2人は、いずれ殺し合う運命...

この2人が、友情と使命の間で揺れ動くのが本作の醍醐味だ。

正直全く意外性は無い。こんなストーリーは1000年前からありふれている。3時間も持つはずがない。では何がそんなに面白いのか?
アクションである。
先程の動画もそうだが、とにかくアクションが突き抜けすぎている。予想不可能とか言うレベルではない。最早ヤバすぎて笑う。
ちなみにこのラーマとビームは象より力強い足と、柱をへし折れる腕力を持ち、

肩車で空を飛ぶ。
正しくは跳躍するのだが多分飛んでる。俺は見た。
さらに毒を喰らおうと銃弾が刺さろうと薬草を塗って水を飲んだら全回復する。ダチョウか?

この2人の超人アクションがとにかく面白い。
あまりぶっ飛んでいて所々ギャグになっているレベル。しかし、物語の盛り上がりとアクションが完璧にリンクしているせいで、いつの間にか泣いている。何度口をあんぐり開けたかわからない。しかしその数秒後には涙が溢れてくる。これが無限に繰り返されるのだ。
勿論力押し一辺倒では無い。それがまさに「ナートゥ」。


インド映画の伝統でもあるダンスと歌が、絶妙な緩急をもたらすのだ。しかも歌詞でストーリーを説明してくるので、全く集中が途切れない。キレのある踊りは寧ろテンションが上がる。

英国人であるヒロインと仲良くなり、パーティにお呼ばれしたビーム。兄貴分となったラーマが機転をきかせ、仲良くなるきっかけを作る。通訳をしながら、大事なところでスムーズにフェードアウトし、ビームに見せ場を作る。ビームは田舎の出身なので色々慣れない部分も多いが、ラーマが鮮やかにフォロー。ビバ友情。
念願叶ってヒロインとダンスを踊るのだが...
英語人が足を引っ掛け、ビームを転ばせる。彼は言う。

「インド人如きに踊りができるのか?芸術が分かるのか?」
さらに煽りとしてその場でステップを踏んでみせる。
「コレがタンゴ。コレがステップだ。お前にはできまい。」
周囲の嘲笑。屈辱に顔を歪めるビーム...
その時、突如としてドラムが鳴り響く。ラーマが音楽隊のドラムを奪い取り、リズムを奏でている。(無駄にカッコいいスティックプレイを披露しながら)。

それは彼らの部族の音楽。会場にいたインド人たちが声を上げる。ラーマが言い放つ。
「ナートゥをご存知か?」

コレ。この流れだ。ベタを外さない。ど真ん中200キロのストレートが脳天を貫く。2人の見事な踊りに会場がどよめく。ヒロインの顔が輝く。何故か英国人も踊る。

全く説明は無いが、なんか分かる。いつの間にかダンスバトルになっているし、何故かビームとラーマが戦っているがなんか分かる。英国人が膝を突き悔しがっている。いやどういうことだよ。
しかしこの感情に訴えてくる謎の勢いが、視聴者を掴んで離さないのだ。
しかし、しかしだ。一つだけ納得いかない事があった。この映画は3時間。今回の劇場は途中休憩がある事がアナウンスされていた。盛り上がりは最高潮。どうやって休憩に入るのかと思ったら...

インタァアァバル。

流石に笑うって!!いや、分かるよ!?一番分かりやすいもんね。でも他になんとかならなかったのかよ!!
しかしこの奇想天外さこそが、本作の最大の魅力なのだ。キャラクター達は大真面目なのだが、最早ギャグ。でもやっぱりキャラクター達が大真面目だからこそ泣ける。まだまだ行こう。次に語るのは

圧倒的絵作りの力だ。
これがとにかく強い。世界一と言っていい。ビームが初めて画面に映る瞬間など、水飛沫が舞い後光が指す。轟く咆哮。マーベルヒーローも思わず拍手するだろう。その姿、まるで神の降臨也。
しかし、本当にコレは神の降臨をイメージして製作されているのである。
監督のインタビューから抜粋する。
子供の頃から神話の物語が頭の中にありました。それらを知ったのは、コミック、年長者の語り、小説、映画などを通してでした。そして今、頭の中でひしめき合っているそれらを逐次参照する必要もないほどなのです。自分でも困惑するほどに、それらはいちいち紐解く必要すらなく、ストーリーを書き始めると勝手に出てくるのです。つまり、全てが混ざり合っているんです。
恐らく監督の頭の中には、「神話の1シーン」がくっきりと浮かび上がるのだ。そしてそれを元に作り上げられるカットは、驚くほどハッキリしたものになる。例えるなら絵画のスライドショー。1シーン1シーン、「コレを見ろ!!」と言う部分が明確。余りに明確なので笑う。

笑う。
勿論、ありとあらゆる映画監督が撮りたい瞬間がありカメラを回しているだろう。俳優たちも全力で撮影しているはずだ。しかし本作ほど明確には出来ない。何故か?予算が無い。時間がない。スタッフが足りない。しかし本作は...
製作費、97億円。
国が買えるわ。
流石に言いすぎたかもしれない。しかしインパクトだけでいったらそのくらいはある。恐るべしインド映画市場。しかし本作の面白さの前には納得しかないのであった。(ちなみに制作費世界一はパイレーツオブカリビアンの375億。こっちは本当に小国が買える)
神話を意識した監督のイマジネーションと、それを完璧に再現する役者と技術力。ハリウッドも超える潤沢な資金。こりゃあ面白いわけですぜ。

総括に入ろうと思う。この「RRR」。語り切れないほどの魅力を備えているが、自分はこの物語を
「人が神に至る過程」であると感じた。

物語全体を通して、二人は友情と使命の間で揺れ動く。

毒蛇に噛まれたラーマ。ビームは部族に伝わる薬草(エリクサー)を使い、彼を解毒する。そしてそこで、自身の目的と正体を明かす。
ラーマにとってそれは、最高の友人こそが最大の敵であったことを意味する。
敵の本丸にたどり着き、決死の猛攻(猛獣による攻撃)
を仕掛けるビーム。しかしその前に(つい1時間前まで毒で死にかけていた)ラーマが(何故か爆弾を積んだ馬車に乗って)立ちふさがる。花火が上がる。なんで?

このような戦いと和解を何度も繰り返していく。二人の友情は固くなり、覚悟も決まる。使命を友情が上回るその時、アクションは人間を超えたモノになっていく。
これは決してただのノリではないのだ。バイクを爆破し火を操り、池に敵を沈め水と共に浮上する。矢を放ち、鎖を振り回し、敵を瞬く間になぎ倒していく。不死身。無敵。スーパースター。範馬勇次郎。
その姿はまるで神話の英雄だ。

古来より、人は理解できないもの、超常の力を神と崇めてきた。
ならば、アクション(理解できない)を成し遂げ、使命を超えた友情(超常の力)で結ばれた二人は、相応の扱いをされるべきだろう。終盤におけるラーマのビジュアルチェンジもそれに拍車をかける。
最終版、全く意味不明なシーンの連続なのに、涙が止まらない。行け。行け。全てを超えて行け。

飛躍してるように聞こえるかもしれないが、見た人なら頷いてくれるはずだ。
友情と使命、その果てに待つ神話。ぜひ貴方も確かめてほしい。
流石にもう上映してるところは少ないが、あるにはある!(自分は立川シネマシティで見た)極上のエンタメ、是非映画館の爆音で!
今改めて見る「機動戦士ガンダムSEED」
現在、「機動戦士ガンダム 水星の魔女」が放送中である。同作は固定概念化した「ガンダムの文脈」に変革を起こすべく、学園ドラマのお約束を踏襲したり、ロボットよりもキャラクター、戦争よりも人間ドラマに主眼を置いた作りで毎週大いにネットを盛り合げている。
しかし、ガンダムが新生を目指し、それがヒットするのは初めてではない。
かつてガンダムの新生を成し遂げた作品。それこそが、今から20年前に放送された「機動戦士ガンダムSEED」である。
今回、改めて全48話を見直した感想を、ガンダムシリーズにおいてSEEDが果たした役割と共に語っていく。ネタバレ注意!
あらすじ
C.E.70年、プラントと「地球連合」において発生した戦争は農業用プラント・ユニウスセブンに核ミサイルが撃ち込またことで激化。物量で勝る地球連合軍の勝利で終わると予想されていた戦争は、膠着状態によって11か月が経過した。
C.E.71年、工学を専攻するコーディネイターの少年キラ・ヤマトは、中立国オーブのコロニー・ヘリオポリスで平和に暮らしていた。しかし、このコロニー内では連合軍による5機のMSの開発と新造戦艦の建造が極秘裏に行われており、その情報を得たザフトのクルーゼ隊は独断で奪取作戦を開始する。日常は一変しコロニーは戦場へと変わり果てた。キラは逃げ惑ううちにMS工場へと辿り着き、連合兵とザフト兵の激しい銃撃戦に鉢合わせしてしまう。その中には、幼少の頃の親友のアスラン・ザラがいたのだった。

奥が主人公のキラ、手前がアスラン。
①製作の背景
2002年当時、ガンダムシリーズは斜陽にあった。
生みの親である富野由悠季が1993年の「機動戦士Vガンダム」で精神を病み、(大体バンダイとサンライズのお偉いさんたちのせい)
製作が出来なくなったことを受け、シリーズは1stガンダムから続く「宇宙世紀シリーズ」を一新。作品ごとに監督を変える製作体制に入った。
1996年にはイケメン主人公たちが活躍する「新機動戦記ガンダムW」

といった、俗にいう「アナザーガンダム」シリーズを展開し、宇宙世紀のシリーズはビデオ販売で展開する(OVA)、という時代に入った。
しかし、続く「起動新世紀ガンダムX」は予算の不足もあり、人気が低迷。

1999年には富野由悠季が復帰し、ガンダム作品すべての行きつく先である「∀ガンダム」を制作。ガンダムシリーズ全体にピリオドを打った。
時代は21世紀に入り、もはや1stガンダムを知る子供たちのほうが少ない。そんな時代に「機動戦士ガンダムSEED」は製作された。

②1stガンダムのリメイク
ガンダムSEEDのテーマは「21世紀の1stガンダム」。そのテーマを体現するため、
「主人公が戦争に巻き込まれる」「戦うことに後ろ向き」
「仮面の敵がいる」
といった、ガンダムのお約束をしっかり踏襲。
なんとストーリーラインまで完璧になぞっており、
「物資が不足し、放棄された戦場で物資を漁る」「大気圏に突入するも目的にたどり着けない」「砂漠で人生の指針となる敵の生き方に触れる」という細かなところも同じ。




主人公機のデザインは、カラーリングは踏襲しているがかなりスタイリッシュに。
1stガンダムのエッセンスを抜き出しつつ、キャラクターやガンダムのデザインをスタイリッシュにまとめ上げることで、「1stガンダムのリメイク」という側面を持たせたというわけだ。
② 濃密な人間ドラマ
そんなガンダムSEEDだが、もちろんただのリメイクではヒットしない。SEEDのオリジナリティとして、「友情と恋愛」が挙げられる。
主人公である「キラ・ヤマト」は、本来戦争とはなんの関係もない一般人である。
しかし状況に吞み込まれ、否応なくガンダムのパイロットを務めることになるのだが、戦場でかつての友人「アスラン・ザラ」と出会う。

キラとアスランは何度も戦場でぶつかり合い、その度に思い悩む。「なぜアイツと戦わねばならないのか」「きっとあいつは利用されているんだ」「でも、あの船には友達がいるんだ」...。
この悩み苦しむ人間ドラマこそが、SEEDの根幹である。
1stガンダムは「戦争という状況を通し、主人公がどう変化していくか」が描写されている。人間ドラマも勿論大きいが、「戦争を描く」という部分がかなり強調されている。
1stを踏襲すれば、「戦争」の描写は当然うまくいく。そこに「人間ドラマ」を加えることで、2002年の人々に響く作品になる。そういう目的があったのだろう。
さらに、SEEDの戦争の根幹は、遺伝子を作り変えた新人類、「コーディネーター」と、そうでない「ナチュラル」の争いである。

そして主人公であるキラは、ナチュラルの陣営にありながら、「コーディネーター」なのである。(なぜそうなったかは本編を見てほしい。)
コーディネーターはそうでない人類より圧倒的に優秀だ。ガンダムだって簡単に動かせるし、戦闘も強い。病気も滅多にかからない。しかし、キラが活躍すればするほど、周囲に「アイツは遺伝子いじってるんだもんな」「俺たちとは違うもんな」という軋轢を生んでいく。
友人達を守るために戦っているのに、その友人達の輪から遠ざかって行く。
つまり、SEEDの物語には、「差別」が組み込まれている。
それもまた、人間ドラマを加速させていくファクターとなる。コーディネーター、ナチュラル、友達...。
その軋轢は、戦争の原因そのものだ。

キラ自身も、友人と諍いを起こす事になる。(これはどちらも悪いとは言えない)
しかし現実は待ってくれない。戦わなければ、次に落とされるのは自分の船かもしれないのから...。
この人間ドラマとガンダムの文脈が混ざり、まあとにかく面白い。
ガンダムSEEDの人気は当時すさまじく、ビデオは130万本売れたという。その人気の根底には、ドラマとガンダムの文脈を見事に融合させた物語の妙があるのだ。そしてもうひとつ欠かせないのが、「恋愛」である。

この少女はヒロインの一人、「フレイ・アルスター」。クラスで人気の美少女で、いいとこのお嬢様だが、やはり戦争に巻き込まれ、目の前で父を失うことになる。
このフレイがとにかく大暴れするのである。
まずフレイはお嬢様育ちで、やや空気が読めない。加えてちょっと差別主義が入っており、船の仲間のために同胞であるコーディネーターと戦うキラを、無責任に罵倒する。

「あんた、コーディネーターだから本気で戦ってないんでしょう!」と。
父親が死んでからはその無軌道っぷりはさらに悪化。なんと、キラと肉体関係を持ち、恋仲になることで自分を守るという動機を与え、キラを戦いに駆り立てるという、シリーズでも屈指の悪女ムーブをかますのだ。
しかし、フレイもまた戦争という状況に翻弄されており、ただ勢いで行動している「子供」にすぎない。
わがままで空気が読めない所も、ある意味では子供っぽい可愛らしさにさえ写る。
大人でも子供でも無い、その不安定さ。そんなフレイの妖しい魅力が、物語を回していくのだ。
何より皮肉なことに、戦えば戦うほど孤独になっていくキラには、すがれる誰かが必要だった。
二人は共依存的な関係に陥り..って湿度高すぎィ!!!!
夕方のアニメでやる内容じゃねえ!!!
失礼、当方限界につきついツッコんでしまいました。とまあ、そのくらいリアルで生々しい恋愛ドラマが展開されるのである。
フレイも、最初はただ利用するだけだったキラの優しさに触れ、徐々に変わっていく。キラもまた、戦争の中で強くなり、依存関係を断ち切るように動き出す。
二人の結末は、ぜひ本編で確かめて欲しい。
③ メリハリの利いたアクション
もうひとつ、SEEDで語らねばならないのはメリハリの利いたアクションのかっこよさだ。
見よ、このまるで歌舞伎の見栄を張るような、堂々たる決めポーズ。
戦闘の最中でも頻繁に見栄を切り、どこでカットしてもキメッキメでアクションを行う。この見栄えのいいアクションは福田監督のストロングポイントであり、ガンプラの売り上げに大きく貢献した。
放送から20年経った今も、SEEDのガンプラは途切れることなくリメイク、再版され続けているくらいだ。

象徴的だったのが35話、「舞い降りる剣」。西川貴教アニキの名曲、「ミーティア」と共に、後期主人公機である「フリーダム」が宇宙から降下してくるのだが...






いやカッコよすぎるだろ。
おそらくガンダムシリーズ全作品を通しても1位になるであろう、圧倒的な登場シーン。この1シーンに、SEEDアクションの全てが詰まっていると言っても過言では無い。
このようなメリハリの利いたアクションが、「ロボットアニメ」としてのSEEDの成功を生み出したことは間違いない。
④ 誰も皆、彷徨いながら
さて、ここまでSEEDの魅力を語ってきたが、実はこのガンダムSEEDは賛否の分かれる作品でもある。
上記の人間ドラマは、面白い反面非常に煮え切らない。
主人公たちは徐々に戦う覚悟を決めていくものの、戦争を止める具体的な解決策を思いついたり、「戦争は仕方ないよね」と受け入れることもない。
最後の最後まで悩み苦しみ、「どうして僕たちはこんなところにきてしまったんだろう」というキラの言葉で締めくくられる。
そこに結論はないのだ。
しかし、現実の戦争が、いち市民では抵抗できないように、本来個人の持つ力とはちっぽけなものである。
物語の中には、そこを突破するカタルシスを提供するものもある。ガンダムシリーズにももちろんそういった作品が存在する。(ダブルオーとか。)
それはそれで魅力がある。しかし、SEEDの描く世界とは、そのような混沌で、結論の出ないものなのだ。
「正義と信じ、分からぬと逃げ、知らず、聞かず!」
「その果ての終局だ! もはや止める術などない!」
「この憎しみの目と心と、引き金を引く指しか持たぬ者達の世界で」
「何を信じる? なぜ信じる?」
このセリフは、最終盤で敵役が語るセリフだ。
どうだろうか?このセリフに対して、キラは答えを出せなかった。
結論の出ない混沌とした世界を、それでももがき、悩みながら生きて行く。
だからこそ多くの人に響き、今なお伝説として語りつがれる、そんな作品なのではないだろうか。
SEED第一話(ガンダムチャンネル)↓
<画像5/14>劇場版『ガンダムSEED』新作が制作進行中と判明。内容はTVシリーズの続編 - 電撃オンライン (dengekionline.com)
なお、現在SEEDは劇場版を製作中。20年前のシリーズの続編映画が未だに期待されているところからも、SEEDの人気の高さがうかがえる。
興味のある人、是非一度見てみてください。48話と長いので、倍速で見れるコーディネーターは倍速視聴もオススメ。但し、「これは!?」となるシーンが必ずあるので、そこはしっかり等倍で見るんだぞ。
ドン底の未来で始まる、もう一つの人生。「サイバーパンク2077」感想
突然だが、実は俺は未来人だ。2077年の世界からやってきた。

この現代を生きる皆には信じられないようなことが、未来ではたくさん起こっている。
今日は、俺が体験してきた未来の話を、あなたに伝えようと思う。
...少し派手な話になるが、ついてきてほしい。
西暦、2077年。俺はとある大企業の社員だった。会社の名前は「アラサカ」...。聞いたことがない?そうだな、アンタたちの時代で例えるとGoogleってところか。
Googleね。インターネットが崩壊する以前、まだアメリカ合衆国があったころ、そんな企業があったそうだな。教科書でしか知らないが。
未来の歴史に興味があるんなら、この記事を読むといい。大体はここに書いてある。
プレイ前に読みたい「サイバーパンク2077」前史・徹底解説。英雄ジョニー・シルヴァーハンドの足跡から“暗黒の未来”を振り返る (4gamer.net)

とにかく、俺はアラサカ社で成り上がることを目標にしていた。裏切り、策謀、暗殺...。2077年の企業っていうのは、まあ言ってしまえば形を変えた戦争だ。俺はうまくやっていた。そう思っていたが...「盛者必衰」。アラサカに古くから伝わる言葉に、例外はなかったらしい。

俺は上司から裏切られ、一夜にして家、財産、職業、この先に待っていたはずの栄光...そのすべてを失った。
生活の全てが企業IDに紐づけられている時代だ。企業競争に負けた人間に、人権なんてものはない。
流れ着いたこの街....「ナイトシティ」。犯罪者が蔓延り、高い保険料を払ったもののみが医療や警察といったサービスを受けられる。底辺の労働者は路上で電子ドラッグに狂い、法律なんて機能しないこの街で、俺の第二の人生が始まった。

俺は相棒のジャッキーと共に、裏の仕事を請け負う傭兵になった。殺し、盗み、データの改ざん。生き残るためにはなんでもやった。知り合いのリパードクにサイバーウェアを改造してもらい、体にインプラントを埋め込んで、徹底的に己を改造した。
特技はハッキング。特にアラサカが絡む依頼は喜んでやった。思いあがったコーポどもに、俺の存在を刻み付けてやりたかったんだ。
依頼をこなし、行きつけのバーでしこたま酔っぱらう。そんな毎日を繰り返している中...その依頼は舞い込んできた。
依頼内容は、アラサカの最深部に保管された、あるチップを盗み出すこと。危険なミッションだが、相棒は引き受けたがった。ジャッキーには、「ナイトシティの伝説になる」っていう夢があったからだ。俺もアラサカが絡むなら断る気はない。俺たちはアラサカの本社に潜入し、見事チップを盗み出した...ように見えた。

警報が鳴り響き、シャッターが下りる。仲間のネットランナーがしくじったのか?それとも俺が何かミスをしたのか?とにかく、俺たちは部屋の壁に身を隠した。そこで見ちまったんだ。アラサカ社の社長...「ヨリノブ・アラサカ」を、その子供「サブロウ・アラサカ」が暗殺する瞬間を。
もう現場は大混乱だ。今目撃したもの、追われている現状。意を決してビルから飛び降りるも、俺たちは失敗した。ジャッキーは...助からなかった。
しかもチップは破損。最悪の状態だ。チップを守るためには、誰かの体内にインストールするしかなかった。それがさらなる厄介を引き込むことになるとは、夢にも思わなかった。...チップの名前は「RELIC」。
一命を取り留めた俺だが、その晩幻覚をみた。2013年の街で、俺がライブを開いている。声を張り上げ、ギターをかき鳴らし、「コーポをぶっ壊せ」と叫んでいる。これはなんだ?
場面が変わる。俺の身体はさっきのミュージシャンになっている。「ショータイムだ」俺は仲間と共にアラサカに乗り込み、爆弾を仕掛け、ビルを破壊した。...なにかがおかしい。これは俺の夢じゃない。そう思った。
目を覚ました俺に、リパードクが告げる。
「お前の命は、もう長くはない」
…何を言ってるんだ?
「お前がインストールしたチップには、ある男の記憶痕跡がインストールされていた。ジョニー・シルヴァーハンド...。伝説的バンド【SAMURAI】のメンバーにして、かつてアラサカ本社を爆破した、テロリストだ」
ジョニー?あのジョニー・シルヴァーハンド?でも彼はとっくに死んだはず...
「お前はこれから、徐々にジョニーに乗っ取られていく。記憶も意思も失い、行動さえ同じになっていくんだ」
おい、なんだそれは。俺はまだ何も成していない。こんなどん底で...死ぬ?俺が?
「生き残りたいなら、戦うしかない。あらゆる手段を使って、チップの謎を解き明かすんだ」
俺の人生をかけた、長い長い戦いが、ここから幕を開けた。
以上、サイバーパンク2077のプロローグを、物語風にまとめてみました。いかがだったでしょうか。なんとここまででプロローグ。本編はここから先が盛り上がる所だ。
もちろん、これはただのゲーム。しかし、精巧に作りこまれた街並み、世界観。そしてドラマチックな物語に、まるで自分がキャラクターと同じ人生を歩んでるような錯覚に陥るでしょう。少なくとも自分はそうだった。
...語り口を戻す。
サイバーパンクの世界は、ハッキリ言って終わっている。
企業がすべてを支配し、街にはネオンの広告が躍る。人々は誰も明日を望まず、腐り落ちていく世界を眺めている。
人体の改造は当たり前になり、命には大した価値がない。全てはデータで管理され、誰がどこで何をしているのか、全部つつぬけだ。
この未来の世界は、実は現実とそう変わらない。2023年の今だって、企業は大量の広告を打ち出し、「あなたの人生は不幸です。でも幸福になる方法があります。私たちの商品を買うことです」と毎日働きかけてくる。
「自分にしかできないこと」なんてなく、毎日を生きるだけでも精一杯。友人だと思っていた人が、実はただ自分を利用しようとしていただけ、なんて事もある。
理不尽な死もある。無情な争いもある。それは人類が生まれた時から変わらない。俺たちは地獄の中をもがき続けているだけだ。2077年になったとしても。
なのにどうして、この腐りきった街が、ナイトシティが、こんなにも愛しいのか。
それは、ここには仲間がいるからだ。共に悩み、苦しみ、もがいた。死んでしまうヤツもいた。街を離れるヤツも。一方で恋人や、戦友たちに出会えた。...ジョニー・シルヴァーハンドだって、君の選択次第では、そうなるかもしれない。
時代が変わり、場所が変わろうと、人の本質は変わらない。同じ価値観を共有する仲間たちと歩んでいくこと。例えその中で多くを失ったとしても、そういう人生は走り切った後に心から愛しく思える。
全てが発展しているからこそ、ナイトシティは、人の本質を浮き彫りにする。
発売当初こそバグだらけでまともに動かず、炎上した本作だが、度重なるアップデートで、紛れもない神作に変貌を遂げた。(それでもたまに止まるが。万全を期すならPCかPS5版をお勧めする。)
今回はコーポレートを自分は選んだが、他にも放浪者やスラム街といった、様々なバックボーンでキャラクターをメイクできる。育成もハッキングだけでなく、インファイトやアサシンなど、様々なスタイルで"仕事"をこなす事ができる。
正直、ここで語ったのは魅力の断片にすぎない。戦闘、グラフィック、キャラクター、どれをとっても一級品だ。ゲーム体験のレベルが高すぎて、まるで自分の人生かと錯覚する。だからこそ、今回のような語り口で記事を書くことにもなった。
サイバーパンク2077、興味のある方はぜひプレイしてみてください。一生忘れないゲームになるでしょう。
お付き合いいただきありがとうございました。
本作を基にしたアニメ、「サイバーパンク エッジランナーズ」もネットフリックスで公開中。本作と全く同じ世界、全く同じ街が舞台となっています。こちらも超面白いのでぜひ!

「水星の魔女」1期後半戦感想まとめ
水星の魔女、一期終了からはや3か月。二期の早々開始までちょうど1か月ということで、再び全話見直しましたわたくしでございます。

今回は水星の魔女、一期後半の感想&考察記事になります。皆さんも2期開始前に、内容を振り返っていきましょう!
※本編視聴を前提としています。まだ見ていないあなたはすぐに公式YouTubeへGO。振り返り動画が上がっているぞ!
記事の面白さは書き手の腕のみで決まらず。
投稿サイトの人気で決まらず。
ただ、結果のみが真実...!!
フィックスリリース!!
各キャラクターの動向
前回と同じように、各キャラクターにフォーカスして振り返っていく。まずはミオリネから。
・ミオリネ

一期後半の主人公はミオリネだったと言っていい。物語の転機となったのはミオリネによる「株式会社ガンダム」の設立だった。

冗談みたいな名前だが、マジである。ついにガンダムも会社になる時代が来た。そのうちガンダム連合国とか出てくるんじゃないか。いや、いっそのこと太陽系第10惑星「ガンダム」とかどうだろうか。...ガンダム、ガンダムってなんだ?

そっか。じゃあ仕方ないな!
冗談はおいておいて、この株式会社ガンダムという存在は何だったのだろうか?物語の側面から考えてみると、その存在理由は「ミオリネが大人になるための舞台」これに尽きる。

株式会社ガンダムの設立のため、ミオリネは大嫌いだった父親に頭を下げ、会社の方針について意見がぶつかっても無視するのではなく、地球寮の中間達の意見を取り入れる方針をとった。
それまでのミオリネは一方的にスレッタに決闘を押し付けたり、(本人は嫌がるだろうが)まさに「この父にしてこの子あり」といった様子であった。
しかし、株式会社ガンダムにおいてミオリネは身を粉にして「みんなのために」動き続けた。
手っ取り早く儲かる兵器利用を選ばず、的確な指示を出しながら休学してまで会社の為に働いた。
本人はツンデレなので認めないだろうが、11話にてスレッタに抱き着き、涙を流すシーンで「逃げなくてよくなった」と漏らしていた。

父親という力から、友人達というある意味では面倒な存在から逃げずに、自身のやるべきことに向き合っていく。それはある意味では「大人になった」ということだ。
そんなミオリネに引っ張られるように、地球寮の面々も仕事にのめりこんでいく。その様はあたかも文化祭のよう。
「学園」という舞台を維持しつつ、キャラクター達を成長させるための枠組み。それが「株式会社ガンダム」。
学生たちの組織が、21年前に歴史から消された組織の「本当の理念」を継承するというのはなんともアツい。よくできた脚本だ。これには脱帽。流石大河内。ギアスやプリンセスプリンシパル、数々の名作を世に送り出してきただけはある。

なんて良い人そうな見た目なんだ...これは善の脚本家ですわ。
一人の大人として向き合っていく中で、ミオリネとデリングとの間にあったわだかまりも少しづづ溶けていく。しかし、流石大河内な展開がミオリネを待ち構えていたのだった…
・グエル(ジェターク社)

続いてわれらがヒーロー、グエル君。1期前半で寮を追い出され、キャンパーとして新たな人生を歩み出した彼に待っていたのは無慈悲な退学の知らせ。彼は自ら学園を去り、「ボブ」として遠い別のコロニーでアルバイトを始めるのだった…!!
最早登場するだけで面白い。なんでお前だけサラリーマン小説みたいなルートを歩んでいるんだ。

先ほどのミオリネが「自らの意志で大人になった」とするならば、グエルは「大人にならざるを得なかった」と言えるだろう。
親の都合に振り回され、度重なる決闘の敗北にプライドをズタボロにされ、学園を追い出されてなお自分の力で道を切り開く姿は応援せざるを得ない。
しかし、彼を大河内の魔の手が襲う。
物語終盤、グエルは実の父であるヴィムを、そうとは知らずに殺めることになってしまう。

展開自体はガンダムのお約束であるが、グエル君にその業を背負わせるのはあまりに過酷だ。プライドの高さが没落を招いたとはいえ、ほとんどは父であるヴィム本人が浅慮且つ単細胞な動きを繰り返したことに原因がある。
さらに生真面目なグエルが、この罪を背負わずに生きられるはずがない。もはや闇落ちは既定路線だと思われる。

ちょうどいい感じのガンダムがあるしね...
本日公開の2期PVにおいてグエルが登場しないことも不穏だ。一部では仮面枠として復活するのではないか?と言われているが、
流石にグエル君が仮面で学園に戻ってくるのはシリアスブレイクが過ぎる。
キャンパー、ボブだけでも面白すぎたのに仮面まで装備してしまったらこの番組はもうシリアスに戻れないだろう。デスノートの八神月が仮面付けて「デスノートに狂い無し...」ってつぶやいているシーンを想像してほしい。コメディでしかない。
皆さん感覚がマヒしてるようですけど、普通仮面で生活してんのってド変態ですからね...?



ガンダムには変態しかいねぇ!!!
私の予想では、中盤でグエル君が学園を襲撃するみたいな展開があるんじゃないかと思っている。なんでそんなことになるのかって?そういう展開がよくあるんだよガンダムってシリーズはな....!

弟であるラウダ・ニールも気になるところだ。PVで彼はジェターク社社長のスーツに身を通している。

ということは、いまだグエルは戻っておらず、ラウダがトップに立ったということだ。全てのきっかけは、水星の魔女とそのガンダム。
ラウダ・ニールが台風の目になるか、要注目だ。
・シャディク(グラスレー社)

先ほどの二人と比較すると、シャディクは「初めから大人だった男」と評価できるだろう。前半から何か企んでいる様子だったシャディクだが、後半では株式会社ガンダムの設立を妨害し、ミオリネを手に入れるべく動き出す。

シャディクのやり方はからめ手で、裏で手を回すスタイル。ミオリネのように突っ走ったり、グエルのように力に物を言わせるわけではない。
そのスタイルはまさに大人たちが繰り広げる権謀術数そのものである。
しかし、株式会社ガンダムとの決闘の中で明らかになった彼の本音は、どこまでも青いものだった。

シャディクもまた、大人になり切れてはいなかった。それはひとえに、ミオリネへの恋慕があったから。
9話ラストでのミオリネとのやり取りは必見だ。シャディクの青い恋心と、ミオリネに一歩踏み出せなかった臆病さ。ミオリネもまた、シャディクに王子様の役割を期待していた。しかし彼は動かなかった。ゆえに、ミオリネは自分で脱出しようとするしかなかった…。

ミオリネが断ち切った、まだ青いトマト。それは誰のことだったのか。

文学的すぎるぞガンダム!!
失礼心のグラハムが出てしまいました。
恋に破れ、スレッタを花婿として認めるシャディク。これで一件落着、、だったらよかったのだが。
物語終盤ではシャディクこそがテロリストを送り込み、ヴィムの死の間接的な原因を作り、地球寮の面々を追い詰め、フレッシュトマトの悲劇を引き起こした。

しかもミオリネに対しても「運がよければ生き残る」とあまり気にせず、作戦失敗の連絡を受けても微笑んでいる始末。

何考えてんだオメー…?
恋心に決着がついたことで、シャディクは自らの野望のため動き出した。2期ではミオリネと対峙するシーンがあるかもしれない。
お互いに銃を向けながら
ミオリネ「あんた何でこんなことを、、、!」
シャディク「恵まれた生まれの君にはわからないさ」
みたいな展開、あると思います。あれ、なんかギアスで見たなそんな展開、、

・エラン(ペイル社)

エランに関しては正直語ることが少ない。というのも、我々がよく知るエランは6話で退場してしまったため、本物の御曹司エランが何を目的としていて、どういうバックボーンなのか全く情報がないのである。
分かっているのは性格が鬼のように悪いことくらいだ。鬼滅の刃にいそう。え?声が炭次郎?黙れ。花江夏樹は毎期何かしらのアニメでメインキャラやってんだよ!今期は9Sとか。
しいて言うなら先ほど述べた二期の仮面枠だが、私は強化人士4号こと第一のエランが仮面枠で表れると予想する。
学園に同じ顔が二人いるのは流石に不可能だし、仮面をつける理由としてぴったりだ。
何より、スレッタのピンチに新たなガンダムを駆って颯爽と現れる4号君がみたい...!!!!

こんな感じで頼む。
本物エランがスレッタを攻撃してる所に、4号エランが颯爽登場!!
「...会いたかったよ、スレッタマーキュリー。」
...アレ、それってエヴァのカオル君じゃね?
実現したら泣いちゃうかもしれない。なんとでもなるはずだ…!
・スレッタ

いよいよ主人公、スレッタ・マーキュリー。…いやあ、ちょっと最終話が衝撃的すぎてスレッタに良い印象抱いてる人が少ないんじゃないか、という感じですね。
具体的には
・母親に洗脳されるシーンをなんか感動的な音楽で見せられる
・人間をモビルスーツでハエたたき
・血まみれの手で笑顔

またやってんね大河内イ!!!
この衝撃的な展開で2期に引っ張るパターン、まさにコードギアスのそれである。
ギアスの放送当時も、主人公が見方を見捨てて妹を助けに行き、友人とピストルを向け合って発砲音で終わるという最早なんと評価したらいいのかわからないエンディングで2期に引っ張った。
今回もそのたぐいだが、ラスト以外はスレッタは明確に前進していたということを忘れてはならない。
6話にてエランと心を通じ合わせた結果、少し自身もついたのだろう。株式会社ガンダムにおいても積極的に活動し、仲間をジョークで笑わせる等、どんどん成長を見せていたスレッタ。初期のコミュ障っぷりなど忘れッタ。やりたいことリストもどんどん達成されていく。
だが、気負いすぎて逆に仲間と距離を感じたりもしていた。いやー、この辺りの描写はうますぎる。コミュ障はね、お弁当が足りなくても言い出せないんだ…自分が悪いよな、でため込んでしまうんだ…ここの解像度の高さ、スタッフに絶対便所飯組のやつがいる。
壁は成長のチャンスである。スレッタが自らの力で壁を乗り越えた時、大人に一歩近づくのだが、、、

まあコイツがそれを許さない。
スレッタは何かに悩むとき、必ずプロスペラに頼る。そしてプロスペラは、スレッタがどんな言葉をかけられれば満足するか完全に把握している。マインドコントロールに近い状態だ。

スレッタは、「大人にならせてもらえない」存在なのである。それが12話で、最悪の形となって表れた。プロスペラはスレッタの心のリミッターを外し、スレッタは殺人に手を染めてしまう。
この展開は、「なんでもかんでも進めばいいのか」という物語からの問いかけだ。
スレッタにとって進むことは、ただの方向性である。強迫観念と言ってもいい。
一方でスレッタの姿に「進むこと」を見出した他のキャラクターたちは、自分なりの未来をつかみ始めている。この差はなんなのか。
それは、「自分の意志で、気持ちで進むことを決めたかどうか」これに尽きる。
事実、エランに進んでコミュニケーションを取った時のスレッタは、確かに心を通じ合わせたのだ。しかし12話では、ただプロスペラに操られるがままであった。その差が残酷に描かれたのである。

加えて、エアリアルの「声」がどんどん聞こえるようになっているのも不気味だ。
おそらくエアリアルの中には、本当のプロスペラの娘、「エリクト」の意識データが入っている。
何故スレッタはエリクトに似た見た目をしているのか?プロスペラの最終目的は、「スレッタにエリクトの人格データを上書きすること」なのではないか。
二期において、スレッタは大人になることができるのだろうか。今の所打開のカケラも見えないスレッタ。先行きが不安すぎる...
・ソフィー&ノレア(地球の魔女)
全く予想外の方向から現れた「地球の魔女」二人組。


彼女らが示すのは、「地球と宇宙の戦争」そして、「ヴァナディース機関に裏切者がいた」事実だ。
地球と宇宙に確執があることは、0話から描かれている。シャディクは地球のテロリストである彼女らを呼び寄せ、デリングの暗殺を指示した。しかし作戦は失敗、、、
これ、外から見るとどうだろうか。「地球人が宇宙企業の重鎮であるデリングを襲った」ようにしか見えないではないか?
シャディクの狙いは、地球と宇宙の戦争を過熱させることだったのかもしれない。
そして、地球のガンダムである「ルブリスウル」「ルブリスソーン」。


何故この二機は「ルブリス」の名を継承しているのか?
それは、ヴァナディース機関に裏切者がいたからだ。
そもそもGUND-ARMを作ったカルド博士の理想は、宇宙空間に人類を適応させることだった。

しかし技術が兵器に利用され、ヴァナディース機関はデリングによって潰された。
ヴァナディースの中に、ガンダムを地球の武器とし、宇宙に戦争を仕掛けようとした一派がいたのだ。
ルブリスの名を持つ2機が地球にいたことは、その一派が地球に逃れたことを意味している。(ルブリス本体はエアリアルに生まれ変わっているため)
それを駆る二人の魔女は、ここまでの文脈でいうと「大人も子供もない、過酷な世界に生まれた少女」と言えるだろう。
なんなら二期では、このふたりが転校してくると予想する。学園ドラマの王道であり、話の起爆剤としてはぴったりだ。ソフィー本人も"次はこっちから会いに行く"と宣言していたし。
この二人にスポットが当たるとき、それはヴァナディース機関の闇を暴くこと、ひいては株式会社ガンダムがGUND-ARMの呪いと対峙することを意味するのではないだろうか。
・デリング&プロスペラ


最後はこの二人。ともに仇であり、敵対してるに違いないと思われていた二人だが、なんと協力関係にあることが判明した。
その計画の名は、「クワイエット・ゼロ」。
この謎の計画だが、私には一つの予想がある。
クワイエット・ゼロの目的、それは死者の蘇生である。
何故そんな結論に至ったのか?理由は二つある。
1つは、「プロスペラの目的がエリクトの復活である」と予想されること。
2つ目は、仇である二人に唯一共通するのが、「大切な人を失っている」こと。
デリングはGUND-ARM(ヴァナディース)により妻を失っている説がある。確かに、あそこまで執拗にガンダムを否定するとなると、最早GUNDそのものに恨みがあるとしか思えない。
実際、過度のGUND使用は死に至ることが描写されている。私はこの説をかなり推したい。デリング本人も、「ガンダムの闇は深い」と述べていた。つまりGUNDの負の側面をデリングは知っていると言う事になる。それがミオリネの母の死だとすれば納得しかない。
勿論プロスペラは本編通りデリングにより夫と娘を失っている。
その二人が手を組む理由として、大切な人の蘇りは良い落とし所だと思わないだろうか?
さらにパーメットには、"人の想い"を伝達するような要素がみられている。(0はのナディム、6話のエランなど)
特に6話のエランが忘れていた母の記憶を思い出した描写。単なる感動描写に見えていたが、
パーメットが死んだエラン母の記憶を伝えてきた、と捉えることはできないだろうか?
パーメットには、"人の想いを拾い上げる"力が宿っている可能性がある。
クワイエット・ゼロ。誰も沈黙しない世界。悲しみも争いも無い世界....。
だが、デリングは重症となり、復帰していないことがPVで示唆されている。
状況はプロスペラの思うがままだ。何ならこの状況こそが狙いだったのかもしれない。
スレッタ&ミオリネは、この強大な親に打ち勝てるのか?
おそらく悲劇的であろうスレッタとエアリアルの秘密に、果たしてスレッタは耐えられるのか?そして、
「水星の魔女」という物語はどこへ向かうのか。
最後にこの物語の先を予想して結びとしたい。
「水星の魔女」は、ガンダムという最早古典と化したフォーマットに、革命を起こそうとしている。
学園というベタな舞台、戦争と一つ距離を置いて生きるキャラクター達。
そして「子供と大人」という普遍的テーマ。
このキャッチーさは、確実に新たな層を引き込むことに成功している。
その一方で、水星の魔女の根っこは、驚くほどに「ガンダム」的だ。
仮面キャラクターの伝統は外さず、
強化人間というお決まりの設定を外さず、
親殺しという展開も踏襲している。
その中で、いまだ使われていない伝統の要素がある。
ニュータイプだ。

ヴァナディースの理想は宇宙に適応した人類をGUND技術の力で生み出すこと。地球と宇宙の分断を乗り越える希望を生み出す。
それはつまるところ、「誰もがわかりあえる、新しい人間に進化する可能性を開く事。」
すなわちニュータイプ概念そのものなのである。
これは明らかに意図的な配置だ。そして、主人公たち株式会社ガンダムが、その理想を叶えようとするチームである以上、物語は必ずそこへ到達する。
子供たちが自らの力であまりにも深い闇を乗り越え、大人になった時。
その時、GUNDの理想もまた完成し、ニュータイプへの扉が開かれる。
そんな展開を予想し、記事の結びとする。
いよいよ4月から始まる「水星の魔女」第二期。共にに追いかけていきましょう。
その先に、「ガンダム」というコンテンツの新しい未来があると信じて…!!

